豆腐小僧|雨の豆腐【日本の妖怪の話】

豆腐小僧|雨の豆腐【日本の妖怪の話】 妖怪・もののけの話

豆腐小僧|雨の豆腐

雨の夕暮れ、古い豆腐屋の前に小さな子どもが立っていました。編み笠を深くかぶり、盆の上には白い豆腐をひとつだけのせています。

差し出された豆腐を断った男は、そのあとも小さな足音を聞くようになります。近づいてくるのではなく、最初から戸の向こうにいるような、静かな気配でした。

 

豆腐小僧|雨の豆腐

豆腐小僧|雨の豆腐

雨の降る夕暮れだった。

町の灯りがひとつ、またひとつとつきはじめるころ、男は古い豆腐屋の前を通りかかった。

店の戸は半分閉まり、中に人の気配はない。
軒先から落ちる雨だけが、ぽつぽつと石畳を打っていた。

その向こうに、小さな子どもが立っていた。

大きな編み笠をかぶり、古びた着物の裾を濡らしている。
両手には、小さな盆。

盆の上には、白い豆腐がひとつ。
その上に、赤い紅葉の葉がのっていた。

男は足を止めた。

子どもは顔を上げない。
ただ、雨の中でじっと立ち、男が近づくのを待っているようだった。

「豆腐を、どうぞ」

細い声だった。

売り物なのか。
供え物なのか。

男にはわからなかった。

尋ねようとしたが、子どもはそれ以上、何も言わない。
盆を少しだけ差し出し、笠の下から男の足元を見ているだけだった。

男は、なんとなく気味が悪くなった。

「いらないよ」

そう言って、子どもの横を通り過ぎた。

しばらく歩くと、後ろから足音が聞こえた。

ぺた、ぺた。

雨に濡れた草履の音だった。

振り返ると、さっきの子どもが少し離れたところに立っていた。

盆の上の豆腐は、まだ白い。
紅葉の葉だけが、雨に濡れて黒く見えた。

男は歩く足を早めた。

角を曲がっても。
橋を渡っても。

足音は消えなかった。

ぺた、ぺた。

近づいてくるわけではない。

けれど、離れていくこともない。

同じ間隔で、ずっと後ろにいる。

男は一度、思いきって走った。

水たまりを踏み、下駄を鳴らし、細い路地を抜ける。
そのまま、自分の家の前まで駆け込んだ。

息を切らしながら振り返ると、道には誰もいなかった。

雨だけが、暗くなった町に降り続いている。

男はほっとして、戸に手をかけた。

そのときだった。

ぺた。

すぐ後ろで、草履の音がした。

男は振り返らなかった。

戸を開け、家の中へ飛び込み、すぐに鍵をかけた。
背中には、雨とは違う冷たさが貼りついていた。

外の足音は、そこで止まった。

男は玄関に立ったまま、息を殺した。

戸の向こうから、小さな声がした。

「豆腐を、どうぞ」

それきり、声はしなかった。

けれど戸の向こうに、何かがまだ立っているような気配だけが残っていた。

男はその夜、なかなか眠れなかった。

何度も耳をすませたが、外からは雨の音しか聞こえない。
やがて夜更けになるころ、雨も静かになり、家の中はしんと冷えていった。

翌朝、男が戸を開けると、玄関の前に小さな盆が置かれていた。

盆の上には、白い豆腐がひとつ。

その上に、濡れた紅葉の葉がのっていた。

男は息をのんだ。

昨夜の子どもの顔を思い出そうとした。

だが、どうしても思い出せない。

声も、姿も、着物の色も覚えている。
なのに、顔だけがぽっかりと抜け落ちていた。

ただ、笠の下が暗かったことだけは覚えていた。

男は、その豆腐を食べることも、捨てることもできなかった。

しばらく盆の前に立っていたが、やがて近くの川へ持っていった。

豆腐も。
紅葉の葉も。
盆ごと、水に流した。

それで終わったと思った。

だが、その日からだった。

雨の夕暮れになると、男の家の前に小さな足音が聞こえるようになった。

ぺた、ぺた。

遠くから近づいてくる音ではない。

最初から、玄関のすぐ前にいる。

そして雨音にまぎれて、ときおり小さな声がした。

「豆腐を、どうぞ」

男はそのたびに、戸を開けなかった。
灯りもつけなかった。

家の奥で、じっと朝を待った。

朝になると、足音は消えている。

玄関の前にも、何もない。

けれど戸のすきまにはいつも、雨に濡れた紅葉の葉が一枚だけ、貼りついていた。

 

怪異の記録

怪異名:豆腐小僧

話名:雨の豆腐

舞台:雨の夕暮れの町、古い豆腐屋の前、男の家の玄関

登場するもの:編み笠の子ども、白い豆腐、紅葉の葉、小さな盆、濡れた草履の足音

読了時間:約3分

 

豆腐小僧とは

豆腐小僧とは

豆腐小僧は、江戸時代の草双紙や絵入りの出版物などで広まった妖怪として知られています。古くからの土地伝承というより、江戸の出版文化や遊び心の中で人気を得た妖怪とされることがあります。

よく知られる姿は、雨の降る夕暮れに現れる小さな子どもの姿です。編み笠をかぶり、着物を着て、盆の上に豆腐をのせている姿で描かれます。豆腐には紅葉の印や紅葉の葉が添えられることもあり、豆腐小僧を象徴する印象的な要素になっています。

豆腐小僧は、人を襲う妖怪として語られるよりも、豆腐を持って立っている、あるいは人の後をついてくるような、どこか気弱で奇妙な存在として紹介されることがあります。一つ目の姿で描かれる例もありますが、表現は資料や作品によって異なります。

 

この話の怖さ

この話の怖さは、豆腐小僧が何かをはっきり害するところではなく、断ってもなお、静かについてくるところにあります。足音は近づきすぎず、離れすぎず、男の背後に同じ間隔で残り続けます。

玄関の前で止まる足音、戸の向こうから聞こえる細い声、朝になると貼りついている紅葉の葉。どれも大きな出来事ではありませんが、日常の入口に小さな異物が残ることで、雨の日そのものが不安なものに変わっていきます。

 

この話が残すもの

男は豆腐を受け取らず、最後には川へ流します。それでも足音は消えません。豆腐小僧が怒っているのか、ただ受け取ってほしいだけなのか、その理由は語られないまま残ります。

戸のすきまに貼りつく紅葉の葉は、訪れた証のようにも、まだ終わっていない約束のようにも見えます。何も置かれていない朝ほど、前の晩にそこに何が立っていたのかを思わせる終わり方です。

 

よくある質問

豆腐小僧について教えて?

豆腐小僧は、江戸時代の草双紙や絵入り資料などで広まった妖怪として知られています。雨の夕暮れに、編み笠をかぶった小さな子どもが盆に豆腐をのせて現れる姿で描かれることがあります。今回の話では、その姿をもとに、豆腐を断った男の家までついてくる怪異として描いています。

豆腐小僧は危険ですか?

豆腐小僧は、人を襲う凶暴な妖怪というより、豆腐を持って立っている、または人の後をついてくるような奇妙な存在として紹介されることが多い妖怪です。今回の怪談では、直接危害を加えるのではなく、雨の夕暮れごとに玄関の前へ現れる不気味な存在として描いています。

豆腐小僧はどこに現れますか?

豆腐小僧は、雨の降る夕暮れや町中に現れる姿で語られることがあります。今回の話では、古い豆腐屋の前に現れ、その後、男の家の玄関先に気配を残す怪異として描いています。

豆腐小僧にはどんな特徴がありますか?

代表的な特徴は、編み笠をかぶった子どもの姿、盆にのせた豆腐、紅葉の印や紅葉の葉です。一つ目の姿で描かれる例もありますが、資料によって表現には違いがあります。今回の話では、顔をはっきり見せず、笠の下の暗さと足音で存在感を出しています。

 

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