化け猫|手ぬぐいをかぶる白猫【日本の妖怪の話】

化け猫|手ぬぐいをかぶる白猫【日本の妖怪の話】 妖怪・もののけの話

山あいの古い商家には、長く飼われた白い猫がいました。名を呼べば振り返り、人の言葉を分かっているような目で、家の者を見つめていたといいます。

冬の夜、若い奉公人は台所の奥から聞こえる足音で目を覚まします。濡れてもいない床を踏む、ぺたり、ぺたりという小さな音。その先にいたものは、いつもの猫とは少し違っていました。

 

化け猫|手ぬぐいをかぶる白猫

化け猫|手ぬぐいをかぶる白猫【日本の妖怪の話】

山あいの村に、古い商家がありました。

代々続いたその家では、一匹の白い雌猫を大事に飼っていました。名を呼べば振り返り、言いつければ囲炉裏のそばでじっと待つ。家の者は、あの猫は人の言うことが分かるのだと、半ば本気で話していたそうです。

猫は二十年近く、その家にいました。

冬の夜のことです。若い奉公人が、土間で目を覚ましました。店の帳場で遅くまで仕事をして、そのまま眠り込んでいたのです。

奥の台所から、音が聞こえました。

ぺたり、ぺたり。

濡れた足の裏で板を踏むような、軽い音。けれど、雨戸の外に雨はありません。井戸端の桶も、夜には片づけられているはずでした。

奉公人は息をひそめ、戸の隙間から台所をのぞきました。

囲炉裏のそばに、何かが立っていました。

はじめは、白い猫だと思ったそうです。けれど、灯の届かない縁のところで、その影は妙に高く伸びていました。頭には手ぬぐいをかぶり、肩のような丸みがあり、前足とも腕ともつかない細いものを胸の前で重ねている。

顔だけが、見慣れた白猫のままでした。

白い毛に覆われた小さな顔。三角の耳。琥珀色の目。けれど、その下の形だけが、どうしても猫ではありません。

それは囲炉裏のそばで、誰もいない暗がりに向かって、ゆっくり頭を下げていました。

一度。

また一度。

足元で、ぺたり、と音がしました。床は乾いているのに、その足の下だけ水を含んだように黒ずんで見えました。

奉公人は、声を出せませんでした。けれど、喉の奥で小さく息が鳴ったのかもしれません。

それが、顔だけをこちらに向けました。

目はいつもの琥珀色です。何度も膝に乗せた、あの白い猫の目でした。

それなのに、口元だけが違っていました。

人が言葉を選ぶときのように、唇のない口が、わずかに動いたのです。

「見たな」

低い声でした。

奉公人は、その声を知っていました。数年前に亡くなった先代の奥方。家の者を叱るとき、いつも声を荒げず、短く言う人だったそうです。

奉公人はその場を逃げ出し、夜が明けるまで蔵の陰で震えていました。

翌朝、白い猫は家から消えていました。戸は閉まっており、雪の積もった庭にも足跡はありません。

家の者は、猫は年を取りすぎたから、姿を隠したのだろうと言いました。

けれど奉公人だけは、何も言いませんでした。

その日から、その家では夜更けに手ぬぐいを出したままにしなくなりました。畳まずに掛けておくと、台所の奥から音がするのです。

ぺたり、ぺたり。

濡れてもいない床を、何かが歩く音。

そして、誰もいない暗がりに向かって、小さく頭を下げる気配。

ある晩、年老いた番頭が言ったそうです。

「あれは猫が化けたのではない。奥方さまが、猫を借りておられたのだ」

それを聞いてから、奉公人はようやく思い出しました。

先代の奥方が亡くなった夜も、台所には白い手ぬぐいが一枚、きちんと畳まれて置かれていたことを。

その家では今も、夜になる前に手ぬぐいを畳むそうです。

畳まれていない手ぬぐいは、誰かがかぶる。

そう言い伝えられています。

 

怪異の記録

怪異名:化け猫

話名:手ぬぐいの足拍子

舞台:山あいの村にある古い商家

登場するもの:白い雌猫、若い奉公人、手ぬぐい、台所、先代の奥方の声

読了時間:約3分

 

化け猫とは

化け猫は、日本の怪異・妖怪の一種で、猫が年を経る、または何らかの力を得ることで人ならぬものに変わると語られてきた存在です。人の言葉を話す、人に化ける、踊る、家の中で奇妙なふるまいを見せるなど、話によってさまざまな姿で現れます。

猫又と混同されることも多く、両者の区別ははっきりしない場合があります。猫又は尾が二つに分かれる姿で知られることがありますが、化け猫はより広く、年を取った猫や不思議な力を持つ猫の怪異として語られることがあります。

伝承の中には、長く飼われた猫が人のように話す、年を経た猫が化ける、手ぬぐいをかぶって踊るといった話も見られます。今回の怪談では、そうした「古い猫が人に近いふるまいをする」というイメージをもとに、台所、手ぬぐい、亡くなった奥方の声を組み合わせた創作として描いています。

 

この話の怖さ

この話の怖さは、猫が突然まったく別の怪物になるところではなく、よく知っている猫の顔を残したまま、少しずつ人に近づいているところにあります。見慣れた琥珀色の目と、猫ではない体。そのずれが、奉公人の見たものを説明しにくいものにしています。

また、「見たな」という一言が、ただの目撃では済まない気配を残します。声が亡くなった奥方に似ていたことで、猫が化けたのか、奥方の何かが猫を借りていたのか、答えははっきりしません。畳まれていない手ぬぐいだけが、夜ごとに異変の入口になります。

 

この話が残すもの

白い猫は消えましたが、足音だけは家に残ります。姿がなくなったことで、かえって怪異の正体は遠くなり、手ぬぐいを見るたびに、誰かがそれをかぶる気配だけが思い出されます。

番頭の言葉は、一つの答えのようでいて、確かな説明にはなっていません。猫が奥方を真似ていたのか、奥方が猫の中にいたのか。それとも、長く家にいた猫だからこそ、家の死者の声まで覚えてしまったのか。台所の暗がりには、そのどれとも決めきれないものが残っています。

 

よくある質問

化け猫について教えて?

化け猫は、年を経た猫や不思議な力を持つ猫が妖怪化したものとして語られる日本の怪異です。人の言葉を話す、人に化ける、踊るなど、話によってさまざまな特徴があります。今回の怪談では、長く飼われた白猫が人に近い姿を見せる存在として描いています。

化け猫は危険ですか?

化け猫の伝承には、人を驚かせるものから、人に害をなすものまで幅があります。必ず危険な存在と決められるわけではありませんが、古くから「長く飼われた猫は化ける」といった言い伝えの中で、不気味な力を持つものとして語られることがあります。今回の話では、見てはいけない姿を見たことが恐怖の始まりになっています。

化け猫はどこに現れますか?

化け猫は、家の中、古い屋敷、寺、夜道など、身近な場所に現れる怪異として語られることがあります。今回の怪談では、山あいの村にある古い商家の台所に現れます。囲炉裏、手ぬぐい、夜更けの足音が、怪異の気配を強めています。

化け猫にはどんな特徴がありますか?

化け猫には、人の言葉を話す、人に化ける、踊る、年を経て妖しい力を持つなどの特徴が語られることがあります。猫又と重なる部分もあり、区別があいまいな場合もあります。今回の話では、手ぬぐいをかぶり、人のような体つきで礼をする白猫として描かれていますが、これは創作本文内の表現です。

 

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